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札幌地方裁判所小樽支部 昭和32年(ワ)230号 判決

原告 木下藤吉

被告 興服産業株式会社

主文

被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和三二年六月一八日以降右完済迄年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

此の判決は原告において、金一五万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決竝びに仮執行の宣言を求め、其の請求原因として、被告は昭和三二年三月三〇日訴外土屋千代香宛額面金五〇万円、満期日同年六月一五日支払地振出地とも小樽市、支払場所株式会社第一銀行小樽支店の約束手形一通を振出し、原告は同年四月一八日右土屋より前記手形の裏書譲渡を受け、現にその所持人である。ところで原告はその支払を受けるため、訴外株式会社北陸銀行に取立委任をなし、同銀行は満期日に次ぐ第二取引日である同年六月一七日に支払場所において、右手形を呈示したが、これが支払を拒絶された。よつて原告は被告に対し右手形金五〇万円及びこれに対する右呈示後である同年六月一八日以降右完済迄手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述し、被告の抗弁事実中被告主張の文言が本件手形の裏面に記載してある事実は認めるが、被告が被告主張の経緯で本件手形を振出すに至つたことは不知、その余の事実は否認する。ところで本件手形に記載してある右文言はその意味が裏書禁止を言うか或いは支払を条件や反対給付にかからしめたとみるか甚だ不明瞭で手形文言の単純性を害して居る許りかその記載場所が通常手形の文言を記載しない手形裏面の欄外であつてこれを以て右手形について裏書禁止或いは支払を反対給付にかからしめた旨の特約があつたと言うことはできない。仮りに被告主張のとおり本件手形の支払が建物明渡と同時になされるものとしても、明渡をなすべき建物は昭和三四年二月二八日訴外株式会社樋口が札幌地方裁判所不動産売買事件において、競落その所有権を取得した。そこで訴外土屋の被告に対する右建物についての明渡義務は被告がその所有権を喪失すると同時に消滅したのでこれに伴つて前記特約も当然消滅するに至つたから被告は原告に対し右特約があるからと言つて本件手形の支払を拒み得ないと述べ、立証として甲第一号証を提出し、乙各号証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中原告が原告主張の約束手形を訴外土屋より裏書譲渡を受け、現にその所持人であることは不知、その余の事実は認めると陳述し、抗弁として、被告は右土屋から札幌市南一条西七丁目一四番地及び一五番地に所在する木造亜鉛鍍金鋼板葺三階建店舗を代金は建物に居住する賃借人を右土屋において立退かせてこれを明渡すと同時に支払う約で買受けた。ところが右土屋の懇請により右代金のうち大部分の支払をし、残金五〇万円は前記約旨により右建物の明渡が済んだときに手形金を支払うとの趣旨で本件手形を振出し決済することとなつたが、土屋から昭和三二年六月一五日迄には建物の賃借人を立退かせる確信があるから手形の満期日を右日時に定めて欲しい旨の申出があつたのでその申出に応じたが、右期日迄に右賃借人が立退かないときには右手形金の支払をしないで済むように手形裏面に「表記手形は立退き完了後支払うべき物にて銀行割引担保に使用出来ざるものなり」との文言を記入して本件手形を振出したものである。従つて右手形は建物明渡を条件として裏書譲渡をなし得ること、換言すれば右条件の成就しない間は裏書譲渡を禁止したものであるからまだ右建物の明渡がなされてないのに右土屋が原告に対しこれが裏書譲渡をなしても、その効力は生じない。仮りにそうでないとしても右文言は手形金の支払を反対給付(建物明渡)にかからしめた所謂有害的記載事項に属するもので手形の本質に反し、手形要件を破るものであるから本件手形は無効のものである。従つていずれにせよ被告は原告に対して本件手形の支払義務はないと述べ、原告の抗弁事実中原告主張の日に訴外株式会社樋口が右建物の所有権を競落によつて取得したことは認めるがその余の事実は否認すると述べ、立証として乙第一、二号証を提出し、甲号証の成立を認めた。

理由

被告が原告主張の日に訴外土屋千代香宛原告主張の約束手形を、右手形裏面に被告主張の文言を記入して振出したこと及び右手形が原告主張のとおり支払のため呈示されたが、これが拒絶されたことは当事者間に争ないところである。

ところで成立に争ない甲第一号証竝びに弁論の全趣旨によれば、被告が右土屋より被告主張の建物の明渡を受けないうちに原告が右手形を土屋より裏書譲渡を受け現にその所持人であることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで先づ被告は本件手形は右文言記載のとおり建物明渡迄裏書を禁止して振出したものであるから右裹書譲渡は無効である旨主張し、原告はこれを争うので考えるに、およそ被告主張のとおり本件手形につき裏書禁止を附する特約があり、その上手形面にこれを記載する意思を有する場合においては、すべからく当該手形の欄内の右特約を記載すべき相当場所に其の趣旨を単純明確に記載するを要するものと解すべきであるところ、右甲第一号証によれば裏書を禁止する旨の特約を記載すべき相当場所に何等その趣旨の記載はない許りか、右趣旨を記載したと主張する右文言自体からみても明確に裏書禁止の特約を附して本件手形を振出したものとは解し得ないし、且つ右文言は前記のとおり本件手形裏面の、しかも右甲第一号証によれば、その欄外に記載してあることが認められる。してみれば、被告が裹書禁止を附する趣旨で記載されたと主張する右文言はその効力なきものと言うべきであるから被告の右抗弁は理由がない。

次に被告は右文言は手形金の支払を反対給付にかゝらしめた所謂有害的記載事項であるから本件手形は無効である旨主張するけれども、支払が反対給付にかかる特約の場合においても前記説示のとおり、同様右特約を相当場所に明記されることを要することには変りはない。ところで当該担当場所には右特約の趣旨に相当する文言につき何等記載がない許りか、右文言が前記のとおり不相当な場所に記載があり、しかも文言の記載自体のみによつて果して支払が反対給付にかからしむる趣旨であるかどうか必ずしも明確ではない。してみると前記特約についての右文言も前同様その記載は無効のものと言わざるを得ないから何等右手形の効力に影響を及ぼさない、従つて被告の右抗弁も理由がない。

そうすると、被告は原告に対し右手形金五〇万円及びこれに対する満期日後である昭和三二年六月一八日以降右完済迄手形法所定の年六分の割合による利息金の支払をなすべき義務がある。

よつて原告の本訴請求は理由があるがらこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 島田稔)

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